人が生きているという事

この様な仕事をしているので(歯医者やスピ)

人の生き死にに 関わる事が多いと  意識として残っていないであろう部分の事も垣間見ることが多々あります。

生まれ変わりや、中間世、前世での恨みつらみ、人の念 後悔、やり直したいと出てくる幽霊w

もう、、、生きている所が氷山の一角だとするとその下の部分の事を 通常ではない方法で見聞きするので

他の人にわかって欲しいとか 理解してもらえるという事はあまり期待しないで生きてきました。

変わり者としての個性を確立していればいいやと。

人が死ぬ時、 周囲が嘆き悲しむけれど、本人はスッキリしているとか、

生まれる時に相当な覚悟をしてつるっと生まれてこちらの人生を味わい尽くそうと夢を持ってくるとか。

人がこちらの世界で肉体を維持して生活を送る事はどれだけミラクルなのかとか。

有り難い(在るのが奇跡)なんです。本当に。

それなのに、人は無自覚に他人を恨んだり、批判したり 正義感ぶって自分なりの正義を押し通し相手を負かすことに生きがいを見つけたり。

どうしてもっと お互い様という感覚を大事にしないかな。と思うのです。

折角 こちらに命を持って生まれてきている存在を もっと丁寧に扱わないんだろうと。

相手を全て迎合するという意味ではなく、 そういう生き方もあるよね。とか 迷惑をかけるのはお互い様だよねという理解。

相手が100%悪であるという事は 犯罪以外では稀であること。 

犯罪も罪の解釈も時代や背景、人の心の進化によって移ろいます。

言葉や態度で相手の心を瀕死の状態にする、ネットでの炎上(ゲーム感覚) それらに無自覚に無感覚になっているこわさ。

そこには 自分も含め、こちらの世界に魂だけではなく肉体として一人一人が存在するということに無頓着になっている状態。

人は人に生まれるにあらず だったっけか。 人として生きるルールを赤ちゃん時代からずっと学び続けています。

その中で 環境による意識の刷り込みや変化は甚大です。

誰かを倒しても良い。恨んでも妬んだら足を引っ張って良い。勝手な攻撃をしても構わない という社会は不健全です。が、現実でもあります。

そこに 誰か自分が気にくわない魂や肉体が地上から消滅しても 一向に気にしない という人達が

沢山いるなら 嫌だなと思うのです。

自分ルールがあるように、相手にも相手ルールがあります。

人の批判を見ていると、自分が批判されている気持ちにもなるし、

批判を批判したくなってしまうのも 批判を助長しているのかもしれないと 悶々とするのですけれど。

地上の生き物は ミラクルな存在で、お互いに尊重して余る存在だと思います。まる。

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