骨抜きにする

愛と信仰。

この言葉を石さんから言われてから ひっかかっている。
昔から 引っかかっていたことをぶり返したとでも言おうか。

どこかの ポッポが 友愛という言葉で日本を引っ掻き回した。

最近の原発問題での義援金に関しても  助け合おう!という合言葉で 無理やり搾取していく詐欺まがいも横行している。

自分の出来る範囲でお手伝いできるのならばとは思うけれど、知らないところで何かを上乗せされたり
我慢の範疇を超えた要求をされてしまうと それは違うんでないの?と 思う。

言葉の美しさ優しさから 目くらましをされてしまうけれど 
ふたを開けてみると どうも 胡散臭さが プンプンする。

日本人は基本他人を騙してまで 何かしようと思わない。という気持ちがあるように思っている。いや。思っていた。
それすらも 骨抜き状態だったのかもしれない。

相手の言葉を 鵜呑みにする。信じきる。そして 騙される。

個人的な事ならば ある程度センサーが働くかもしれない。あの人は信用できないとか。
昔の村社会であれば、性格など村人同士、ご近所同士 世間体というものもあり ある程度のリミッターがあったように思う。
自分だけが何か違うことをしていれば目だってしまう。 功罪はあるけれどお互いに監視の下
それなりに 安心しての生活というものも出来上がっていったように思う。

移動が頻繁に行われ、流入、流出が多くなってきた現代社会では
隣の人は誰?どんな人?  と 様子もわからず、核家族 孤立した中では
マスコミやら何かの媒体での情報が”擬似ご近所さん”になる。

擬似ご近所さんは とっても良い事を言っている様だし、こんなに公表されていることなんだから
大多数の人の意見なんだろう。 と 思わせる。

どこかで おかしいな?と思いつつも。

自分に直接関係のない場所での話題では あ、そういうものなのか?と通り過ぎてしまう。
自分に降りかかってくるかもしれないという実感が沸きづらく、
自分の身の回りに起きた時には打つ手がなくなっているときもある。

ゆとり教育発足の時にも、
いいじゃんいいじゃん。今まで受験戦争とか 異常だったんだよ~!と推し進め、
ゆとりを持って、円周率だって計算しやすくすればいいじゃ~ん。
考える?誰かがやればいいじゃ~ん。と。 骨抜き。

コソ勉たちは沢山いるんですよ。

自分が学生時代を思い出しても、 「やってなくてさ~」とか「寝ちゃってさ」なんて
やってないけど 出来るオレ。を演出する輩は沢山いたでしょ。
やったけど、できなかった俺を 面白おかしく公表できない人間。

ゆとり教育に危機感を感じたママさんたちは、さらに空いた時間を塾や勉強に当て、
自分の子だけは 守るのを そっとしてきた。
騙された??口車に乗ったのは情報の取捨選択ができずに
楽な方へ流された人たち。
それでそだった 可愛いわが子は 社会から 「気が効かない」「使えない」のレッテルを
貼られる人間に出来上がり。
危機感ママ達の子との 格差発生。

ゆとり教育?なにそれ。だった人たちも あまりの人材質の低下に「ゆとりがさ~」と言い出し初めて害を知る。

ずるいよね。子供のゆとりのため って 子供をダシにつかうなっての。

甘い言葉の裏には 骨抜きが隠れてる。

骨抜いておいて 搾取するのは 常套手段だと キモに命じようっと。

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