プロになる事  VS 平等主義

以前、美味しいと有名なおすし屋さんに行った時、
そのお鮨やさんは 完全予約制で 一組づつしかお客をとらないとかなんとか。

マイナーな駅の近くのビルの一室。おお。入ると ピキっとした雰囲気で
いきなり世界が変わる。

お鮨の世界を私は詳しくないのだけれど、好きではないからこそ リピートしたいお店は本当に美味しいと
感じたんだな。また食べたいなと思うってことは。と思う。

魚の切る時の手さばきの美しさ。包丁の美しさ、手入れのよさ、ひとつひとつの作業の仕舞い。
ほ~~っと美しく感じる。

ゆっくりと丁寧に、だけれど 素早く。 変な表現。

美味しいのは言うまでも無く、 お話をしていたところ、

「職人は教えられた事をこなすのは当たり前。その後に創意工夫ができるセンスがないと頭ひとつ出られない」とのお言葉に

そうですよね。 教えたことをこなすだけであれば、全ての業界で 抜きん出た匠という存在は出ないですもんね。と。。。

どれだけ厳しい修行をしてもセンスがなければ 堂々巡りで同じ失敗ばかりする人もいれば
ちょいっとかじったものでも 取り入れるセンスと勘所が良い人は どんどん上達する。

同じ話をしても 理屈がわからない人もいれば、すぐに理解する人もいる。
そこに手作業が入るとマタマタ 練習、訓練、経験と 思考からの動作の回路ができる速さの違いなども出てくる。

プロを求めるのが人一倍うるさい日本人なのに、出る杭は打たれるとか 足引っ張ったりして
プロが育つ世界をグチャグチャにしたがるのも 日本人の悪い癖だと思う。

人間は決して同じ生き物ではない。

そこに 歪んだ平等観が入りこむと 伸びるものすら伸びなくなるんだろうなと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました