厳密なルールに則った見事な自由

人間、どんな ど悪党でも、ウルトラ善人でも
自分の意図しない所で 協力関係を結んでいるという事らしいです。

あ”あ”あ”あ”~ どんどん複雑になっていく~~~

自由に、、超自由に生きているとしたとしても、
超えた存在の基本ルールに外れては 生きていけないですし、
行動できないですし、 もし 行動したとしても ブーメランのように
自分に帰って来て、そしてそこで 行動修正が加えられるという事みたいです。

あまりに自由度が高すぎて、その見えないルールが 本当に見えない所が
人間の傲慢さを助長してしまうくらいの 広さ。

身長160cmの人が 自分の肉体で知覚できる範囲は
数キロくらいでしょうけれど、それを超えると 広すぎて
仕切りがないと思いこんでしまうのと同じようなものです。

その見えないルールとは なんぞや?というと
心の中にある心象風景だという事です。

一番最小単位にすると  快 不快。
赤ちゃんと同じですね。

たとえば 良い事する→自分の心が喜ぶ(快
     嫌な事を嫌だと思ってする→(不快

大雑把に言うとこれが基本ルールの基になるものだそうで、極端な話
六法全書などの各国の法律に もし ”殺人は悪い事です”と書かれていなくても

だれも喜んで殺人をするわけではないでしょうし、そのあたりが
タガが外れちゃって 悪い事が理解できない変質者は いつか自分が
殺されるか、隔離されるというブーメランがやってくるという事です。
そして なが~~~い期間をかけて、 いけないことという感覚を
身をもって 理解させられる という 気の遠くなるような作業があるそう。

自由を謳歌しているようでいて、 実はルールや法則を
身をもって 人生の経験の中で 訓練されているというべきでしょうか。

それに、自分が自分の身をもって 悪い事をしなくても、
ど悪人がそういう事をして、どういう結果になったかという事を知る事により
ああ、いけないんだ~~と 後天的に学んでいくと。
だから 全ての人が 絶対に経験しなくてはいけないわけではなく、
他人のふりみて我が振りなおせ という 簡単な道も用意されています。

だから、ある意味 残虐非道など悪人も、悪い事の代名詞としての
お役目をわざわざ 自ら買い、そしてその結果を後世に残すと。

悪もまた協力者の 一部にすぎないという事らしいです。。

   う===ん。。。。。

コメント

  1. ひな より:

    まったくそうだと思います。
    そうやって悪い事をすると自分に返って来るのを分かっていてその役をやってくれているので
    (まぁ、犯罪を犯したりする時にそういう思いはないでしょうが、もっと自分の上の存在ではということで)
    ある意味、汚れ役といってはなんですが…
    そういう役をやらなくてよかったと、相手に感謝する位ですね。

    自分や周りの人間全てが今世限りのものだと捉えれば
    犯罪を犯した人や憎みたいほど酷い事をする人が
    結構のうのうと幸せに生きちゃったりすると
    不公平すぎる!何も罪を償っていない!!と思うかもしれないけど

    長い魂のスパンでみれば
    来世なりなんなりで必ず修正することになるので
    物凄く広い範囲でみれば何も不公平じゃないんですよね。

    さらに元々は全て一つのエネルギーから分かれ出た私達ですから
    そこに戻っていったとき、
    究極的には犯罪者も善人も老若男女誰もが自分でもあるという…

    だから、そういうことはないかもしれないけど
    極端な話、今世で自分を殺した相手のカルマを
    来世で自分が解消(償うと)してもOKみたいな。。。

    ①=オレンジと②=バナナと③=キウイと④=イチゴを混ぜてミックスジュースになるなら
    ①=バナナ ②=イチゴ ③=キウイ ④=オレンジでもOKみたいな^^;

    自分は自分
    悪人は悪人
    頭いい人と私は違う
    お金持ちはお金持ち
    芸能人は別世界に住んでる人みたいだ…etc
    と切り離してしまうからこそ
    不公平とかいう感覚が生まれるのかもしれません。

  2. aquablue(インチョ) より:

    Unknown
    そうなんです。
    一時期の 現世の一部分だけを見てしまうと
    なんで自分は;;ってヒネたり、妬んだり
    不公平感でいっぱいになったりしますが、

    実は、なが~い目で見るとどちらの立場も
    体験しているんです。順番に。
    そして、現在の自分とは真逆の人生を体験し、
    そういう立場にいる人への理解度が深まると。

    ネックになるのは 産まれ落ちて成長するにつれ、魂の記憶が記憶喪失になってしまってる事です。思い出せない=なかった事になっちゃう。

    それに、極悪人も前世で逆に自分がやられてた立場だったりするので、
    人間としての知性がないと 両極端に振れやすい。 その中間で小幅な振れの中
    他人の振り見て反面教師とし
    うまく立ち回っているのがほとんどの
    大多数の人々です。
    だから どの人も 白、黒の心は必ず持っているのです。

    出来事も みごとな 裁きで 
    どんな事も一通り 
    いつかは経験させられるようになっています。

  3. ねずみ より:

    Unknown
    自由と云うと無責任な印象を抱きますが、自由と責任は表裏一体。

    真の自由は責任が伴うので色々と大変だと思います。
    ヤングの様に俺達は自由だぜと好き勝手している一方う、影で尻拭いしてくれたり守ってくれたりしている存在がいらっしゃるのは、この社会もアチラの世界も似ているのかもですね。
    色々と失敗したり痛い思いをして成長していくのは素晴らしい事なんだな、と最近思います。

  4. aquablue(インチョ) より:

    Unknown
    私の好きな言葉で、
    「自由とデタラメは違う」って。

    自由にはおっしゃるように必ず責任がともないますし、自分があいてに好き勝手に何かされて不愉快になる事があるとき、相手も同じように自分から好き勝手な事されたら嫌だろうなという想像力をもってして、
    人は自分の行動を制限するのだと思います。

    ナンデ殺人はいけないの?ときかれたら、
    「じゃ自分が理由もなく殺されてもいいのね?」って。

    お互い様の 思いやりの想像力の上になりたつ
    自制に基づく自由が デタラメでなく
    自由なのだと思います。

    暴走小僧なんかを見ると ふと
    道に横にピアノ線でも張ってありゃいいのによ!!!(イケナイイケナイ・お口が過ぎました!)と 感想をもちます★

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