過程が大事

人は他人の成功した姿を見て、
「ああなりたい」 と モデルとするでしょう。
お金持ちの姿を見て、「ああなりたい」と。

スピリチュアルな事に触れたり、他人の目に触れられると、
「どうやったらできるの?」と、よく聞かれます。
これは今でも一種の過程であって、ゴールは見えていません。
それも、今世だけで30ウン年の積み重ねがあっての過程なのです。
いきなり昨日今日で始まった事ではないし、
自分の前世をみても、シャーマンを始め、アーケミスト、牧師、研究者、インディアンなど

そちらの方面が多いです。 それらの人生では決して 決して楽ではなく、
シャーマンの時には 親元から離され、修行を積み、一人放浪に出て、
ボロをまとい、村むらを回り、物乞いのような事をしながら相談に乗って
祈祷をしていました。 見ると 大変だったなと思います。

アーケミストでは、パトロンが居なければ研究もできないと、
貴族のような人にへつらい、彼らからの資金を調達する為、
研究だけでなく、政敵をやっつける毒薬作りもしていたようです。

インディアン(ネイティブアメリカン)では
シャーマンのようなことをして、村を焼かれた記憶もあります。

小さい頃から 「忘れないようにしよう!」と強く感じていましたが、
何を忘れないようにしようとしたのかを忘れている状態でした。
それを少しずつ思い出している過程です。

様々に思い出されるオブジェクトも、そのものに力があるわけではなく、
何かに利用して初めて効果を発揮する物だと 思い始めました。
仏像つくって魂入れず
見たいな事があるのです。

西遊記で三蔵が天竺に行くのも、天竺がゴールでなく、
天竺にいくまでの過程に起きる出来事を解決していく事で
三蔵自体の魂の修行になっていると言う事。

雲でひとっとびだと 名曲ガンダーラは生まれないのです。。

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