怪しさとの葛藤

スピリチュアルな体験と経験。
ほとんど周囲には言わずに来ました。だから 私のことを少し知っているくらいの
人達はきっと「怪しげな事を言い出した」と思うかもしれないな。。。
「何かに影響されたのか?」とか「宗教でも入ったの?」とか。
むしろ、私は他人の意見を押し付けられる事は大嫌い。
自分を信じてわが道を行くタイプなので、宗教的な集まりとは
正反対の位置に居ると思います。

「自ら体験し、感じる事。それを曇りの無い目でみて 身を任す。」
これがモットーです。

今の日本では、以前よりはスピリチュアルについて肯定的な雰囲気も
出てきていますが、まだまだ 否定的だったり、以前の”騙す”詐欺師的な
感覚に敏感になりすぎている風潮もあります。

私自身も、実践とひらめき、体験が重なって 初めて理解し始めましたし
誰かに教えてもらったとか、何かのセミナーに出たとかそんな事はなかったですし
道で「祈らせてください!」って言われれば 走って逃げるタイプ。

ただ一つ言える事。 今自分は結構幸せです。

自己満足かもしれない。でも、スピリチュアル的な考え、感覚で生きていると
「なんでも来い。なるようになる」って
良い意味で肩の力が抜けるんです。

なので、このブログを書き始めたのも
「こんな事書いて 怪しい奴だと思われるかも」って葛藤もありました。
でも、今書いているということは、書くべき時だったのだ。とも取れます。

ガイドによると、元々日本は精神的な国だったそうです。
スピリチュアルというと、海外がお手本みたいな感覚を受けますが、
日本にも元々しっかりと根付いていて、それが血となり肉となっているから
あからさまなスピリチュアル学の様な物が形姿なく伝えられていたのでしょう。

ガイドとの会話も、最初はたどたどしい物でした。
相手の意図する事も理解できなかったし、方法もわからなかった。
しかし、多分 初めて外国人と意思疎通できた人と同じような感じかも
しれないけれど、お互いのコミュニケーションが取れ始めてくると
複雑な事も教えてもらえるようになりました。 
受け手の私の方が言葉が足りなかったり、感性が足りなかったりしたからです。
人生経験を積み、感性、人の心が多少理解できるようになってから
潜在意識だったものが顕在意識へと移行し始めたのです。

なのであえて私は「通訳」と言う言葉を使うのです。

通訳者にもレベルがあるように、この通訳にも慣れと練習が必要です。
あと、如何に心をオープンにするか。体験を分かち合えるか。

なので、怪しいと思われるかもしれないという心配はありましたが
あえて ブログに書いています。

これも自らの勉強だから。

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